「今日はこんなところですね」
小鳥がそう言ったのは18時半が過ぎた頃だった。
「うーん、事務も色々あって大変なんですね…」
そう言いながらプロデューサーはメモ書きを見つめていた。
途端にプロデューサーの視線が鋭くなる。
目を細めて一点を見つめている。
初めて見せるその全てを見透かしてしまいそうな視線に小鳥はドキッと胸が震えるのを感じていた。
恐怖心にも似た思いと共に胸が高鳴っている。
気の所為か頬と耳が熱い。
「プ、プロデューサーさんは今日の新年会参加されるんですか?」
小鳥が声を掛けるとプロデューサーの表情が瞬時に和らいだ。
「はい、歓迎会も兼ねて貰っている様なので…飲み会はあまり得意ではないんですけどね」
そう言うとプロデューサーははっと苦笑した。
「そうなんですかぁ」
そんな雑談を交わしながら後片付けをしていると予約の時間が迫っていた。
「そろそろですね、私着替えてきますね」
そう言って小鳥は着替えを済ませ戻ってくるとプロデューサーを連れてだるき屋に向かった。
既に社長もプロデューサー達も帰ってきていたらしく、主役の登場を待ち侘びている状態だった。
その中にはあずさの姿もあった。
「おぉ、主役の登場だ!」
社長が言うとプロデューサーは拍手で出迎えられた。
(な、何かしら…この数年前に流行ったねる○ん紅○団の様な配置は…)
伊織のプロデューサーが軽く手を上げるとあずさのプロデューサーも合わせて手を上げる。
会場に居たのはあずさと自分、他部署の2名の女性社員と社長とプロデューサー達だった。
「二人ともこっちに座りたまえ」
社長に勧められるがままに席に移動すると待ってましたと言わんばかりに飲み会は始まった。
歓迎会 兼 新年会はいつもの朝礼の様に社長の訓示を先頭に始められた。
「社長、巻いてください!」
長すぎる訓示を痺れを切らした春香のプロデューサーが野次で止めると新人であるあずさのプロデューサーの
挨拶が始まる。
「トップアイドル続出中の765プロの名に恥じぬ様尽力していく所存ですので、ご指導の程よろしくお願いします」
特に緊張してる様子も無く挨拶をさらりと終えるとプロデューサーは座って用意されていたジョッキを手に取った。
小鳥も並んでウーロン茶の注がれたグラスを手に取ると社長が音頭を取る。
「では、遅ればせながら765プロの新年が明るいものである様に、そして新プロデューサーの歓迎を込めて!」
かんぱ〜〜〜〜いっ!
皆が声を揃えると固いガラスのぶつかる音が景気良く聞こえ各々ジョッキを口に運んでいる。
「がんばってくださいね♪」
「ありがとうございます、これからよろしくお願いします」
小鳥もプロデューサーと軽くグラスを合わせた。
用意されていたコース料理をつまみながら辺りを見回すとどの人達も楽しそうに笑顔で会話をしている。
小鳥はそんな光景を微笑ましく見つめていた。
「フフッ、みんな楽しそ」
春香のプロデューサーが千早と美希のプロデューサーと何やら深く話し込んでいたり
亜美真美を抱えるプロデューサーと伊織を抱えるプロデューサーが苦労話を語っていたり
当の新任プロデューサーはあずさと何やら会話をしていた。
「みんな、大人だなぁ」
そんなプロデューサー達を見て小鳥はふとそう思った。
中には歳の近いプロデューサーも居るのにその人ですら仕事の話を交えながらお酒を楽しんでいる。
そう思うと自分はまだまだ大人になりきれて居ない様な気がして何処か寂しくも感じられた。
「いつもと同じ…か」
そう呟くとふと視線をあずさのプロデューサーに移すと何やら楽しげに会話をしている様子が伺えた。
「はぁ…」
「音無君、ビールを注いで…」
「社長、セクハラですよ」
「おぉ…そうだった。いや、すまなかった」
謝辞を告げる社長に小鳥はニコリと微笑んだ。
「んもぅ、1回だけですよ」
そう言ってコップにビールを注ぐと社長は一気に飲み干した。
「あぁ、やはり若い女性の注いでくれたビールは味が違うと言うものだな!」
「おだてても何も出ませんからね」
小鳥は満更でも無い様にクスクスと笑みを零した。
穏やかな会話が続く。
「いつも、皆こんな風に笑ってお話しが出来たらいいのにな…我が侭かな?」
そう小さく呟くと小鳥はコクリとウーロン茶に口を付けた。
そして歓迎会開始から30分が経った頃
お姉さん、生中3つー!
これ美味いですね!
カチャン
誰か倒したー!
ちょちょちょ、こぼれてるって!
おしぼりくださーい!
方々から怒号にも似た声が上がっていた。
「前言撤回…」
辺りの雑音に小鳥が疲れ果てているとあずさのプロデューサーが小鳥の隣に戻ってきた。
「あれ?あずささんはどうされたんですか?」
プロデューサーは手に持っていたグラスを一口傾けた。
「今日は用事があるそうなので先に帰りました」
「そうなんですかぁ」
小鳥も合わせてグラスを傾ける。
「音無さんは、まだ大丈夫なので?」
プロデューサーの何気ない言葉が小鳥の胸に刺さる。
「はい…予定はありません…ついでに終電まで時間も嫌と言うほど残ってます…」
小鳥の言葉にプロデューサーはばつの悪そうな顔をした。
「すいません…」
「うぅ…謝られると傷口が更に…」
小鳥が更に落ち込んでいるとプロデューサーは言葉に詰まってしまっていた。
「え…っと、その」
「フフフッ、そんなに落ち込んでませんよ。いつもの事ですから、ちょっと新人さんをからかっちゃいました♪」
そう言って小鳥は小さな下をチロッと見せた。
「はぁ、それにしても今日も皆荒れてるなぁ…」
「いつもこんななんですか?」
「まぁ、そうなんですけどね…多分皆さんこのまま事務所にお泊りコースでしょうね」
「ふむ…」
納得した様にプロデューサーは呟いた。
「プロデューサーさんはお酒強いんですか?」
小鳥が聞くとプロデューサーはグラスに口を付けたまま片眉を上げた。
「自分ではなんとも言えませんが…多分そうだと思います。音無さんは?」
「私は全くダメで…飲むとすぐ寝てしまうんです…」
「ははっ、でも女の子がそう言うのならいいですよね。男性の始末は大変ですけど…」
プロデューサーが苦笑すると”女の子”と言う言葉にくすぐったさを感じつつ小鳥はプロデューサーの顔をチラリと横目で覗き見た。
小鳥は無意識的にプロデューサーを視線で追ってしまっていた。
当の本人は何も知らずに時折グラスを口に運んでる。
新任とは思えない程、どのプロデューサーよりも落ち着きを保っている様に見えた。
グラスを傾ける動作
液体が通る喉の動き
物憂げにも見える目を細める時の表情
眼鏡のブリッジを押し上げる薬指
その仕草一つ一つに小鳥はどぎまぎしていた。
「音無さん?」
「ふえっ?は、はい!」
不意に名前を呼ばれ慌てて持っていたグラスを置こうとしてテーブルの縁に乗せてしまい零してしまった。
「っと」
「うわぁ、すいません!」
おしぼりを取ろうとした小鳥の手がそれでは無い何かを掴んだ。
「っ!?」
瞬間ドキッとして見るとプロデューサーの男性らしからぬ細長い指を小鳥は握っていた。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて手を離す。
「いえ…」
プロデューサーはそのままおしぼりを持って小鳥の零したウーロン茶を拭き始めた。
ドキ ドキ ドキ ドキ
胸の高鳴りが止まらない…
顔が熱い…
(手、握っちゃった…)
そんな些細な事でも小鳥にとっては大きな出来事だった。
そしてそれが少なからず好意を寄せている男性ともなれば尚更の事だった。
「音無さん?」
「は、はいっ!?」
「服とか大丈夫ですか?」
チラリと自分の服を確認すると所々飛び散った水滴が染みていたものの濡れていると言う程ではなかった。
「大丈夫みたいですっ」
「よかった、飲み物どうしましょうか?頼みます?」
手に持っていたおしぼりをテーブルに置いてプロデューサーは小鳥に尋ねた。
<頼んでもらう> <自分で頼む> <テーブルにある適当なのを取る>